INTERVIER

先輩移住者の暮らし

地域おこし協力隊(弥栄地域における関係人口の拡大)
酒井 基宏さん
(神奈川県横浜市出身/2025年に移住)

彌榮を探して浜田市弥栄町へ

彌榮を探して浜田市弥栄町へ

  • 移住のきっかけ

    これまで私は東京を拠点に生活し、 振り返れば長い間いわゆる“都市型”の仕事や暮らしをしてきたと思います。
    だからといって、以前から田舎暮らしに憧れていたわけでも、移住したいと思っていたわけでもありません。
    ある時、自分の中に突然、 「何が起こっても、生きていける力が欲しい」という思いが強く湧き起こりました。

    便利な社会の中では、お金を払えば、暮らしに必要なものの多くを手に入れることができます。
    でも、もしその仕組みが当たり前ではなくなった時、自分には何ができるのだろう。そんなことを考えるようになりました。

    「便利さとは別の豊かさとは何だろう」「自分の手で生きるとは、どういうことだろう」そんな問いが大きくなり、その力を少しずつ身につけていくために、暮らす場所そのものを変えてみようと思ったことが、移住の始まりでした。
  • 移住の決め手

    いわゆる「決め手」らしい決め手は、ありませんでした。
    移住先を選ぶ時に、交通の便や買い物環境、支援制度などを細かく比較したわけでもありません。
    私が探したのは、「彌榮(いやさか)」という名前を持つ土地でした。
    「彌榮」は、ますます栄える、繁栄が続いていくことを願う言葉で、以前から私が好きだった言葉です。
    日本には「やさか」と読む土地がいくつかあります。その中で見つけたのが、島根県浜田市弥栄町でした。
    ほとんど「名前」で選んだ、と言っていいと思います。
    普通の移住の仕方とは、かなり違うかもしれません。
    もちろん、これは誰にでもおすすめしたい方法ではありません。
    家族、仕事、住まいなど、事前に確認した方がいいことは人それぞれです。

    ただ私自身は、その頃から少しずつ、
    「分からないことを、分からないまま受け入れてみる」
    「偶然や出会いに任せてみる」
    「すべてを自分でコントロールしようとすることを手放してみる」
    という方向へ変わっていました。
    すべてを知ってから飛び込むのではなく、分からないまま飛び込んでみる。
    そこで起きたことを受け取りながら、その時その時で考えていく。
    弥栄への移住は、そんな生き方の延長線上にあったのだと思います。
  • 移住への不安

    不安がまったくなかった、ということではありません。
    未来に何が起こるかは分かりません。
    実際に住んでみなければ分からないことばかりです。
    ただ私は、その「分からない」という状態そのものを、以前ほど怖いと思わなくなっていました。
    不安を全部なくしてから動くのではなく、何か起きたら、その時に考えればいい。分からないことが残っていてもいい。
    そう思えるようになったことが大きかったと思います。
    最初に求めていた「生きる力」は、田んぼや狩猟などの技術だけではなく、想定外のことが起きた時に、自分で考え、工夫できる力も含んでいたのかもしれません。
  • はまだ暮らしの良いところ・面白いところ

    「何が起こっても生きていける力を身につけたい」
    そう思ってここへ来た私の周りには、その力をすでに持っている人たちが普通に暮らしていたんです。
    何十年も田んぼや畑をつくってきた人。山を知っている人。季節の食材を知っている人。昔ながらの料理を受け継いできた人。家を直せる大工さんや職人さん。
    本人たちにとっては、ごく普通の暮らしなのかもしれません。
    でも私からすると、「こんなことまでできるのか」「こんなことを知っているのか」と驚くことばかりでした。

    もちろん、弥栄に来れば誰でもすぐに何でも教えてもらえる、ということではありません。
    私自身も、地域の方と一緒に作業をし、少しずつ関係を築く中で、いろいろなことを教えていただくようになりました。
    田んぼでは植え方や水の管理を教えてもらう。古民家再生では、竹小舞や土壁づくりに触れる。食の場では、地域の方から郷土料理や季節の味を教えてもらう。
    都会で暮らしていた頃なら、専門家に頼んだり、講座へ行かなければ学べなかったようなことが、ここでは人との関係の中にあります。
    そして何より面白いのは、「人」です。
    一緒に手を動かしていると、その人が何十年も経験してきたことや、この土地で暮らしてきたからこそ分かることが、会話の中から自然に出てきます。
    食も同じです。
    浜田には海の幸も山の幸もあり、地域で採れたものを、地域の方が料理してくださいます。
    「これは何ですか?」「どうやって作るんですか?」「昔から食べていたんですか?」
    そんな話をしながら食べると、一皿の料理の向こう側に、その土地の季節や暮らしが見えてきます。
    食べることが、その土地を知ることになる。
    暮らすことそのものが、学ぶことになる。
    そこが、私にとって弥栄暮らしの一番面白いところです。
  • はまだ暮らしのとまどっているところ・残念なところ

    都会と田舎では、暮らしの前提が違います。
    当然、不便なこともあります。
    何でもすぐに買えるわけではありませんし、自分でやらなければならないことも増えます。
    自然が身近にあるということは、きれいな景色だけではありません。
    草を刈る。土や虫と付き合う。天候に左右される。
    自分の身体を使わなければならないことも増えます。
    でも私は、不思議とそれを「残念」と感じることはあまりありません。
    今はむしろ、「これはどうやるんだろう」「自分でもできるようになりたい」
    と思います。
    できなければ、人に聞く。教えてもらう。やってみる。
    失敗したら、またやってみる。
    そうして少しずつ「できること」が増えていく。
    便利であることも豊かさの一つですが、不便の中から自分でできることが増えていくことにも、別の豊かさがある。
    今は、そう感じています。
  • 浜田にIターンして一番の変化は?

    一番大きく変わったのは、
    「嬉しい」「楽しい」「面白い」
    という感情を、日常の中で以前より強く感じるようになったことです。
    田んぼの苗が少し大きくなった。種から芽が出た。昨日まで分からなかったことが、今日一つできるようになった。地域の人に新しいことを教えてもらった。自分たちでつくったものを、みんなで食べた。
    一つ一つは、とても小さなことです。でも、その小さなことが妙に嬉しいんです。都会で仕事をしていた頃は、成果や結果、効率を求めることが多かったと思います。
    今は、結果だけではなく、その途中そのものを楽しむことが増えました。
  • 浜田暮らしのポイント(今後の抱負)

    私はこれから便利さだけではなく、その土地ごとの自然や食、技術、人との関係に価値を感じる人が、もっと増えていくのではないかと思っています。
    地域には、私が欲しかった生きる力をすでにたくさんの人が持っていました。
    そこには、何十年もの暮らしの中で培われてきた知識、技術、そして智慧があります。
    私は最初、それを自分が教えてもらいたいと思っていました。しかし、教われば教わるほど、「この智慧が、この世代だけで終わってしまったら、もったいない」と思うようになりました。
    今後は、地域の方が「伝えたい」と思っていることを、無理なく次の世代へつなぐ場をつくりたいと思っています。
    その時に一番大切にしたいのは、「教えてくださる方の思いやペースを大切にすること」です。
    外から来た私が、「これは残すべきだ」と一方的に決めるのではなく、
    「これは伝えておきたい」「誰かに覚えてもらえたら嬉しい」
    そんな地域の方の思いを起点にして、興味を持った人たちと一緒に学び、受け取っていきたいと思っています。
    地域おこし協力隊として生活体験プログラムをつくる時も、「体験」だけで終わらせないことを大切にしています。
    もちろん、それぞれの体験も面白い。
    でも私が本当に大切にしたいのは、その向こう側にいる「人」と出会うことです。
    地域の方に先生になっていただき、一緒に手を動かす。
    体験の後には交流の時間をつくり、地域の方がつくってくださった手料理をみんなで囲む。
    そこで、「昔はこうやったんだよ」「これは、こうすると上手くいく」そんな話が自然に始まる。私は、体験の満足度を決める大きなポイントは、
    「何を体験したか」だけではなく、「誰と出会ったか」「誰と話したか」
    だと思っています。
    だから、創りたいのは、一度来て終わる観光体験だけではありません。
    「また来たい」「またあの人に会いたい」と思ってもらえる関係です。
    何度か足を運び、また同じ人に会い、一緒にご飯を食べる。
    そうした積み重ねの先に、いつか自然に、
    「おかえり」「ただいま」と言い合えるような関係が育っていったら、とても嬉しいです。
    移住は、その先にある選択肢の一つでいいと思っています。
    まず遊びに来る。体験する。人に会う。また来る。
    その土地を少しずつ知っていく。
    その先で、「もっとここに関わりたい」「ここで暮らしてみたい」
    と思う人が現れる。そんな自然な関係を育てていきたいです。
    その考えを形にしている取り組みの一つが、「やさか表現大学」です。
    地域の人にとっては当たり前だった暮らしの知恵や技術を、興味を持った人たちと一緒に体験し、学んでいく。
    誰もが何かの先生であり、誰もが何かの生徒でもある。
    私自身も、まだまだ地域の方から教えてもらっている途中です。
    そして、それを私一人が教わり、私一人が受け継げばいいとは思っていません。
    弥栄に暮らしている人も、地域の外から通ってくれる人も、関係人口としてこの土地に関わる人も。
    「やってみたい」 「教わってみたい」「これを残していきたい」
    そう思う人たちが、それぞれのできる形で関わっていけたらと思っています。 田んぼを学ぶ人がいる。
    郷土料理を教わる人がいる。
    古民家を直す技術に触れる人がいる。
    地域の人の話を記録する人がいる。
    そして、教わった人が、いつか次の誰かへ伝えていく。誰か一人が背負って残すのではなく、たくさんの人が少しずつ受け取っていく。
    教えてくださる方の思いやペースを大切にしながら、地域の方が「伝えたい」と思っていることを、地域の内と外にいるみんなで学び、無理なく次の世代へつないでいく。
    この土地で教わっているものを、興味を持ったみんなと一緒に学び、次へ渡していきたい。
    そんな場を育てていくことが、これから私が弥栄でやっていきたいことです。


移住前後の変化について
  • 移住前
    住所 神奈川県横浜市
    職業 東京を拠点に、テレビドラマ・映画などのCG制作に従事。その後、起業や旅行業なども経験。
  • 移住後
    住所 浜田市弥栄町
    職業 地域おこし協力隊(弥栄地域における関係人口の拡大) 地域に残る知識・技術・智慧と、地域の外から訪れる人をつなぎ、暮らしを実際に体験しながら学べる場づくりに取り組んでいます。
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